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ユング派セラピストとしてのトレーニング

 教育分析を受けていたことがあります。

 無意識を扱う学派のセラピストを目指す人は、トレーニングの中で、自身も、自分より経験のあるセラピストの心理療法を体験する必要があります。無意識を扱えるようになるために、セラピストが自分自身の無意識を把握しておかなくてはいけません。

 私が教育分析を受けた先生は、大学院の指導教官が紹介してくれた人でした。

 その先生は、僧籍も持っている人で、お寺の一部をカウンセリングルームとしておりました。

 大学院生であった2年間、私は月に2回ほど、そこに通っておりました。

 ちなみに、その先生にもまた、教育分析の先生、つまり先生の先生がいるわけですが、その人は目幸黙僊(みゆきもくせん)先生という方です。目幸先生は、UCLAなどに留学した後、チューリッヒにあるユング研究所にてディプロマを取得し、その後は長年カリフォルニア州立大学で教鞭をとっていたという方です。

 私の先生が目幸先生に教育分析をお願いしたところ、目幸先生は「今夜の夢に私が出て来たら、教育分析を引き受ける。夢に出てこなかったら引き受けない。」と答えたそうです。そしてその日の夜、とても怒った顔の目幸先生が夢に出てきたので、私の先生は、目幸先生が怒った顔をしていたことは言わずに夢に出てきたことを伝え、目幸先生から教育分析を受けることが出来たそうです。

 

 私はその先生のところに通っては、箱庭をやったり、自分の身に起きた出来事などを話していました。箱庭はずいぶんと多くの数つくりました。私は箱庭が大好きなので、それが楽しかったです。

 しかしすぐに、私も実習先で心理療法を担当することとなったので、その先生にはスーパーヴィジョンもお願いすることとなりました。心理療法などの事例について、自分より経験のある先生から指導を受けることを、スーパーヴィジョンといいます。心理療法家は、トレーニング期間中はもちろん、経験を積んでからも、よくスーパーヴィジョンを受けることがあります。私の大学院の指導教官は、心理療法家として何十年というキャリアがある方でしたが、イギリスまでスーパーヴィジョンを受けに行っていました。

 

 私の話に戻りますが、ですので私が心理療法を担当するようになって以降は、スーパーヴィジョンに時間を使うことが多くなり、教育分析としては中途半端であったかもしれません。

 しかし、その先生のところに通っていた間は、担当している事例でどうしたらいいのかわかないことが起こっても、プライベートで何かが起こっても、次にあの先生のところに行ったときに話が出来る、と思うことで、2週間を乗り切ることが出来ました。

 あの場所にあの先生がいるという安心感。そこがお寺という昔から存在している守られた場であったことも、私の安心感に寄与していたかもしれません。

 この感覚は、心理療法というものに効果がある理由の重要な要素であるように思います。ですので、その感覚を体験出来たことは意味のある経験であったと思います。

 

 心理療法の場というのは、ほんとうに困っている人にとっては重要な場なのですが、治療が進み、その人の現実の世界が変わってくると、現実の世界の方が大切になり、心理療法の場がつまらないものとなっていきます。子どもなどは、友達が出来たので友達と遊びに行きたいといって、治療がそこで終結となったりします。なんであんなところに通っていたのだろう、などと思ってもらえる方が、治療としては成功なのです。

 ですので、私が教育分析のことや、先生のことを思い出しても、ぱきっと、素敵な体験でした!!というような感覚は無いのは、そういうこともあるのかもしれません。

 この先生のところに通うことになったのは、前述したとおり、大学院の指導教官に紹介されたからなのですが、私が過去に心理学とは全く関係のないことで会ったことのある重要な人物が、この先生とつながりがあることがわかりました。ですので、この先生は私にとって何かしらの縁のある人であったのだろうとは思います。

 

 将来、また、例えば海外のユング研究所などで、教育分析を受けるのもいいなと思っております。

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